464号線(北千葉道路)バイパス下り二車線に戻る!


より大きな地図で 464号 バイパス を表示(上記の464号赤(下り)青(上り)ラインが拡張区間です。)

近隣の発展にともない464号線(通称:線路沿い)の渋滞が激しくなってきました。
その解消のため車線の増幅(バイパス工事)が行われるそうです。

2012/06/02北千葉道路:渋滞解消のはずが… 6車線化、かえって混雑

毎日新聞 2012年06月02日 地方版

 千葉ニュータウン(NT)の渋滞緩和を目的に「6車線化」した国道464号(北千葉道路)で開通当日からかえって渋滞が激しくなり、道路管理者の県はせっかく造った本線出入り口(ランプ)の一部を渋滞解消のため1日から閉鎖した。

北千葉道路は、市川市と成田市を結ぶ全長約43キロで、市川市−鎌ケ谷市間と印西市−成田市間の計約23キロは未開通。その一方で、北総鉄道の線路と並行する白井市谷田−印西市鎌苅間の千葉NT区間約10キロについては、側道部分の4車線(上下各2車線)が05年度末までに暫定開業した。

その後、周辺に大型商業施設の進出が進んで渋滞が多発するようになり、都市再生機構(UR)が09年度から白井市谷田−印西市印西牧の原駅付近の約6・5キロに本線部分4車線を整備。側道のうち各1車線を本線との合流部分にして本線・側道合わせて6車線にする工事が終わり、先月25日午後3時に開通した。

ところが、渋滞解消を期待した車がこの区間に集中。特に本線と側道の合流部分で激しく混雑し、県によると、同日夜に3キロ渋滞した。このため、県は県警と協議し、翌26日から車線を引き直して側道を各2車線に戻す工事を開始。平日だけでなく、26、27日の週末も長い列が続いており、緊急の対策として、区間の中間にある草深ランプ(印西市)を上下線とも今月1日から「当面の間」閉鎖。渋滞の原因となる本線と側道の合流箇所を減らした。

URが負担する追加工事費用の額は未確定。県道路計画課の北岡聡副課長は「渋滞が予想を超えたので、緊急に対応した。車線を引き直しても事故は増えないと判断した」と話している。

引用元: 北千葉道路:渋滞解消のはずが… 6車線化、かえって混雑 本線ランプ一部閉鎖 /千葉- 毎日jp(毎日新聞).

2012/05/31

464下り、全線で二車線に戻りました!先程走りましたが、元の464に戻ってくれて本当にうれしい!皆さんの声が行政を動かした好例ですね。この町がますます好きになりました。

ちなみに上り牧の原入口は依然一車線のままですが、6/1に上り草深出口が工事のため通行止めになります。多分、上りも2車線化されるのでしょう。

印西市議のブログなど見る限り、市・県・国道の連携は皆無のようです。印西市の道なのだから「管轄が違うから知らん」では済まされません。住民が被った混乱を市・県は真摯に受け止め、今後に活かしていただきたい。

2012/05/26

開通した464バイパス上り(印西牧の原~千葉ニュータウン)を走ってみました。出入口の合流や場所は改善の余地ありですが、通過するだけなら信号もなく快適です。

↓同日、800mだけ開通した印旛日本医大バイパスはまだ工事途中といった感じ。

2012/05/25

本日開通しました。事前の懸念通り大渋滞が発生し、下り印西牧の原出口では逆送する車が続出した模様。パトカーも出動し事態収拾にあたりました。
ツイッター上では設計ミスを指摘する声が多数挙がっており、今後の対策が待たれます。
2年も工事がかかってこれでは「お役所仕事」と揶揄されて当然です。

2012/05/11

北千葉道路(千葉ニュータウン地区内)の一部開通について

北千葉道路のうち、千葉ニュータウン地区の白井市谷田(やた)から印西市鎌苅(かまがり)までの約10キロメートルについては、都市再生機構により、6車線化事業を実施しています。
この度、白井市谷田から印西市印西牧の原駅付近までの約6.5キロメートルの工事が完成したことから、5月25日午後3時に開通いたします。
また、印西市印旛日本医大駅付近(いには野(いにわの)工区)約0.8キロメートルについても、暫定2車線が完成したことから、併せて開通いたします。
この開通により、千葉ニュータウン地区内の渋滞緩和や利便性の向上が期待されます。

ということで午後3時の開通ですよー!

2012/05/10

いよいよ開通との情報が入りました!5/25に開通します!

以下のように現行の464は1車線になり、新バイパス部分は2車線になります。開通直後は合流で注意が必要ですね。

早く走ってみたいですね~。開通後にまたレポートします!

2010/09/20 沿道の桜 伐採予定

白井市議の柴田さんの情報によると、464拡張範囲は西端で谷田のトンネル付近からジョイフル本田までだそうです。
その影響で現在140本ある沿道の桜が、100本も伐採予定だそうです。

計画は数年前に決定されていたそうですが、いままで伐採話が出なかったのが不思議です。

個人的意見ですが、桜の季節に464を通ると本当に綺麗です。
混雑緩和のためとはいえ桜の伐採は大反対ですね。移植は無理なんでしょうか。

2010/05/26

大きなボーリング工事(掘削機)が入りました。

重機のスロープも作られ本格的な造成が始まるみたいですね。

国交省おかかえのゼネコンはいつでも仕事があって羨ましいですね。

2010/04/10

大型重機が464からのスロープを整備しだしました。

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印西牧の原にオートバックス・良品買館・業務スーパー・産直めぐみの郷など。 バイクセブンは計画中止

東京インテリアの西ブロックにオートバックス・バイク用品店などができるとの情報が入りました!
千葉ニュー住民 さん2011年01月10日 22:20(コメントありがとうございます!)

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2011/11/03

なんと驚きの事実が!バイクセブンは計画中止になり、代わりにリサイクルショップ

「良品買館」http://www.ryouhin-kaikan.com/ がオープンするようです。

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神戸新聞の記事↓

千葉県に開業 神戸・G‐7HDが複合商業施設

G‐7ホールディングス(HD、神戸市須磨区)は3日、自動車用品の「オートバックス」や、家具や洋服のリサイクル店「良品買館」など、自社がフランチャイズ展開する店舗を集めた複合商業施設を千葉県印西市内に開業する。敷地面積は約1・3ヘクタール。同社の複合施設は加古川市内に続き2店目という。

 A、Bの2棟からなる「G‐7モール千葉ニュータウン」。A棟には「オートバックス」「良品買館」が入居。B棟は2012年4月以降に開業予定で、業務スーパーやレストラン、農産物直売所「めぐみの郷」が入る。合計床面積は約5500平方メートル。

投資額は約7億円。全面開業後は、年間売上高約10億円を見込む。同社は「グループ店舗を複合して相乗効果を図り、各店の知名度を高めたい」としている。

http://www.kobe-np.co.jp/news/keizai/0004593353.shtml

おいおいおいおい「バイクセブン」楽しみにしてたのに非常に残念です・・。

 オートバックスオープン

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オープン当日は露天や特価セールなどイベントもりだくさん。デモカーも大量に展示。

DSCF7159←BMWかっけー!!

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キャンピングカーも展示中。個人的にはこれが一番欲しい。ハイエース最高。

2011/11/03

オートバックスが本日11/03にオープンします!

バイクセブン他はまだみたいですね。

2011/01/11

確認しに行ったところ確かに東京インテリアの西の空き地に建設計画看板がありました!

東京インテリアの真横に位置します。

看板を良く見るとオートバックス・バイクセブン(バイク用品店)・業務スーパー・産直市場(めぐみの郷)・レストランが建設されるようです。相当な規模になりますね。期待しちゃいます!

工事開始は6月1日、完成は9月30日です。

オートバックス
バイクセブン

業務スーパー

産直市場めぐみの郷

場所はここ。UR公募一覧より

オートバックス 千葉ニュータウン店

用地を確保したG-7ホールディングスはオートバックスや産直店めぐみの郷などを運営しています。

↑このような複合店舗になる模様です。個人的にバイク用品店ができるのは嬉しいです。ライコランドまで行かなくてすみます!

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牧の原に少年院があった?印旛少年院跡

1969年から始まった千葉ニュータウン計画のさらに昔、
現在の西の原小学校辺りに少年院が存在していたそうです。
その名は「印旛少年院

千葉県印西市西の原2丁目7

調べてみると戦時中「印旛地方航空機乗員養成所」なる施設があり、その建物がそのまま少年院として利用されました。

  • 1945年7月には、養成所の生徒舎が数機の米軍機に銃撃され、7人が死亡したと伝えられています。
  • 1954年(昭和29)8月26日(木)にはこの印旛特別少年院から76人が脱走するという事件が起きました。
  • 当時流行した年少小唄(放送禁止歌)に「焼きの印旛か八街か」と歌い継がれました。
  • 1976年に業務停止。1983年に千葉ニュータウン開発公団に土地財産払い下げ。
  • 過去の住所は「千葉県印旛郡船穂村」となります。

1947年の米軍撮影航空写真の印旛少年院。

現在の地図との合成

現在の地図と重ねてみると、ちょうど西の原小学校あたりにあったと確認できます。

印旛少年院跡

現地へ見に行きましたが、わずかに当時のあぜ道が残っている程度で跡形もありませんでした。

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住宅地を造成中でした。印旛少年院の時代からあるシイの木は現存していますが、「シイの木を活かした公園」に造成されるため立ち入りは禁止されていました。航空学校時の石碑もあるらしいのですが確認できず。残念。

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枝を大きく広げて静かにたたずむシイの木。太平洋戦争からいろんな光景を見てきたのでしょう。威厳を感じます。

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現在の西の原小学校。もちろん航空学校や少年院の面影は全くありません。

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印西にも歴史あり。先人たちが今の千葉ニュータウンを見たらどんな思いを抱くのでしょうか。

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