東京電機大 千葉ニュータウンから都内へ

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014111102000142.html

東京電機大(本部・東京都足立区)が二〇一八年度をめどに、千葉ニュータウンキャンパス(千葉県印西(いんざい)市)を、施設を残して都内に全面移転する計画を進めていることが分かった。大学が十日、市側に正式に通知した。市によると、大学は少子化に伴い、学生獲得競争が厳しくなったことなどを理由に挙げているという。 (三輪喜人)
 同キャンパスは一九九〇年に開設。東京ドーム約四個分の二十ヘクタールの敷地に、情報環境学部の大学生、先端科学技術研究科と情報環境学研究科の大学院生の計約千二百人が在籍している。
 市などによると、八月上旬、東京電機大の古田勝久学長らが市を訪ね、「移転先が整備できれば」との条件付きで、一二年に開設した東京都足立区の東京千住キャンパスに移転する計画を説明した。
 市は「まちにとって大学の存在感は大きく、活力が損なわれる」として再検討を求めたが、大学側は十日、方針転換は難しいとあらためて市側に伝えた。その上で、体育会など課外活動を行うためにキャンパスそのものは売却せずに残す方針を示したという。
 市の担当者は取材に「非常に残念だ。単に学生がいなくなるだけではなく、目に見えない形で活気が損なわれるのではないか」と述べた。大学は移転計画について「現時点で発表できることはない」(企画広報担当)としている。
 大学の都心回帰をめぐっては、東京理科大が七月、埼玉県久喜市から都内へ全面移転することを決めている。
◆志願者増、東洋大成功きっかけ
 大学の都心回帰の動きは二〇〇五年、東洋大が埼玉県の朝霞キャンパスで学んでいた文系五学部の一、二年生を東京都文京区の白山キャンパスに集約したのが始まり。志願者増に成功したのをきっかけに、各大学が後に続いた。
 首都圏を対象に都市部での大規模教室の新設を規制した「工場等制限法」が制定されたのが一九五九年。その後は郊外に移転する大学が相次いだが、〇二年に小泉政権の構造改革で同法が廃止され、逆に都市部への移転を後押しする格好になった。
 少子化も大きな要因だ。十八歳人口は九二年の二百五万人をピークに今年は百十八万人まで減り、四年後には減少に拍車が掛かる「二〇一八年問題」が待ち構える。現在も大学・短大数は〇一年をピークに減少の一途で、私立の四割が定員割れに陥っているが、本格的な淘汰(とうた)の時代を迎えるとみられる。
 本年度(速報値)の学校基本調査によると、東京二十三区内の大学数の全国に占める割合は12・1%(九十五校)、学生数は18%(五十一万四千人)を占め、〇三年度のそれぞれ10・4%、15・8%から大幅に上昇した。
 文部科学省の担当者は「十八歳人口の減少で、特に地方にある大学は経営が苦しい。都市部に通いたいという学生の意識や就職活動に有利な点が影響し、大学の都心回帰が進んでいる」と分析している。(沢田敦)

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